北海道
芸者と侍のいない日本

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この本の刊行までの経緯及び刊行後のイベント概要
- 2004年11月
- ピョトル・ヴェングジノヴィッチが札幌のポーランド人会と共同で、ポーランドの書籍市場で日本をテーマとする儲け主義的な本が数多く流通しているのに対抗して、日本の中で最もポーランド的な島である北海道についての本を書こうというアイディアを思いつく。 膨大な作業や差し迫る締め切りにもかかわらず、当時札幌に住んでいて「動員できる」ポーランド人会の会員のほとんど全員が執筆者として名乗りを上げる。 著者たちの情熱と執筆テーマの幅の広さにアイディアを思いついたピョトル仰天する。
- 2005年1月
- 各章の内容に関するアイディア会議が行われる。 特に二人のピョトルの会議は充実しており、その結果、深夜遅くまで(というより早朝に至るまで)、精神を昂揚するいろいろな液体[訳者註:アルコールのことです]を飲みながら延々と行われる。
- 2005年2月末
- 全ての章のアイディアがまとまる。仕事に取りかかれ!
- 2005年3月5日
- 最初の記念すべき原稿がついに編集に回される。ピョトル・ミレフスキが最初の脱稿者の名誉を得て、執筆陣は大いに感謝する。
- 2005年3月
- 執筆陣に松家 仁が加わる。ようこそ! 二番目のの原稿が仕上がる。
トメク・ボグダノヴィッチが脱稿。
- 2005年4月
- 執筆陣にエヴァ・グレイヴが加わる。ようこそ!
次の章ができあがってくる。ここではミハウ・プタシンスキと松家 仁。
- 2005年5月
- どんどんと原稿が仕上がっていく。ウカシュ・ザブウォンスキとパヴェウ・ディヴァワが原稿を提出。
- 2005年6月
- ほとんど全てが完成。原稿を編集部に提出したのは、ラファウ・ジェプカとエヴァ・グレイヴ。で、編集長の原稿はいったいどこにあるのかい、どこに?
表紙のアイディア、判型、そして本のデザインができあがる。
編集長は著者たちに履歴とそれにつける写真の提出を「締め上げる」。締め上げるとはいっても、柔道と剣道で鍛えてきたように繊細にね:) 出したくないといってもダメで、必要以上に長い履歴すら提出する。
今度は作者たちが、編集者を「締め上げる」。なぜ自分の章を書き終えていないのか?でも今のところ、うまく「締められない」。というのは柔道と合気道で鍛えてきたからね。
- 2005年7月
- 原稿の大半はもう初校を終えている。でその大半のうちの大半も、もう二校を終える。
- 2005年8月
- インターネットのホームページが出来る。これを作成・管理するのは、頼りがいのある物理学者、マルチン・ミツェークだ。すごい!
- 2006年5月
- サイト復活。新しい内容を盛り込む。
- 2006年6月
- 日々ネットのページは充実している。写真も文書も増えており、さらに日本語訳も増えていく[訳者註:疲れた]ホッカイドウ・コムのドメインも買ったし、いくつかの協賛団体も見つかった。
- 2006年7-8月
- 本は印刷中。
- 2006年9月
- 本がポーランドでついに刊行。ホームページでも本を特別価格で発売。
- 2006年10月12日
- 発売を記念した著者との集いがワルシャワ、ノヴォグロツカ街のアジア・太平洋博物館(ヌサンタラ・ギャラリー)で開催される。ピョトル・ヴェングジノヴィッチが、スライドを使って本と北海道を紹介する。聴衆の関心は高いが、まずは最初の試み。
- 2006年10月28-29日
- 次の著者の集いが、ポーランドに在住している著者全員、すなわちパヴェウ・ディヴァワ、ミハウ・プタシンスキ、ピョトル・ヴェングジノヴィッチの参加で行われる。ワルシャワ・ブルドノの文化センター「曙」(シフィト)で開催されていたマンガ・ファンの集会NEGIconにおいて、全員で説明・紹介を行う。マンガ的な雰囲気の中で大成功。
- 2006年11月4-5日
- 今度はヴロツワフに舞台を移して、ブルドノの時と同じメンバー3名が(NEGIconの項を参照)、同じ仕事に取り組む。ただし場所は、マンガ・ファン集会BAKAで、ワルシャワ同様、漫画的かつ友好的な雰囲気であった。
- 2006年11月23日
- 再び首都に戻って、ブルー・シティーでの日本愛好家たちの行事、YATTA!が開かれる。合気道クラブSOTOの友人たちの好意で、コーナーが設けられ、そこでピョトル・ヴェングジノヴィッチが本を売りサインをする。
- 2006年12月5日
- クラクフの軍のクラブが組織した著者との集い(ズィブリキェヴィッチ街)が行われる。その際、ポーランド軍の協力を得てパヴェウ・ディヴァワとピョトル・ヴェングジノヴィッチが北海道について語る。模範的な組織力に卒倒。なにはともあれ、軍隊だ!
- 2006年12月11日
- 今回はワルシャワ、ノヴォグロツカ街のアジア・太平洋博物館(ヌサンタラ・ギャラリー)で、西表島(日本の最南端)をスライドとパワーポイントで紹介するついでに、ピョトル・ヴェングジノヴィッチが北海道本を紹介。熱帯から雪の世界へと話を転じたのにもかかわらず、観客の関心はかなり大きかった。
- 2006年12月14日
- ポズナン大学・日本学科のJaponica Creativaの学術サークルの会合でミハウ・プタシンスキが本と北海道全般について紹介。
- 2007年6月29日
- 「西表-日本の熱帯の魅力」というテーマで開かれたヴィスワ文化センターでの集まりで、ピョトル・ヴェングジノヴィッチが著者との集いを開催。本の宣伝と日本食の試食会が開かれる。くわしくは(ポーランド語)。